Sunday, January 20, 2013

No. 110: 技術革新が最善の戦略 (January 20, 2013)

Management:
「友愛の精神」で始まった楽しいホームルームの時間がやっと終わったと思ったら、委員長が、その楽しいホームルームの時間を海外に輸出しようとする。こうなると、楽しいホームルームの時間は、国内問題ではなく国際問題。日本人の見識が疑われる。

明快な答えが存在しない抽象的なテーマを討論することほど楽しいことはない。誰を傷つけることもなく、あたりさわりのない議論がはてしなく続く。例えば、企業で、「社員が満足できる福利厚生を考えよう」というテーマで、討論したら、間違いなく議論は、はてしなく続き具体的な答えは絶対に出ない。なぜなら、参加者にとって、これほど楽しい議論はなく、残業手当をもらいながら、延々と議論を続けようと考えるからである。このような議論を続ける企業は、破綻に向かって全力で走っているようなものである。

残念ながら、人間の生まれながらに備わった性格は、死ぬまで変わらない。企業経営者にも、強気一辺倒な経営者もいれば、非常に慎重な経営者もいる。ビジネス環境をみて、臨機応変に対応できる柔軟な経営者がベストであるが、少数派である。ビジネスでは、脳天気な人物が最高責任者になることはありえないが、それがありえるのが政治の世界。脳天気な人物が起こした混乱は、「格差をなくそう」という甘い言葉に酔った国民が分かち合うしかないということのようである。しかし、支払うべき代償は大きい。

それにしても、孫子の兵法はすごい。脳天気な人物に狙いを定めて、虚栄心をくすぐる提案をする。「戦わずして勝つ」という戦略には、4000年の裏づけがある。やはり、日本は技術革新に力をいれるのが、最善の戦略。なぜなら、正々堂々と勝負するサムライ魂を信条とする国は、権謀術数に長けた国と戦っても、先進技術なくしては、まず勝ち目はない。

Wednesday, December 12, 2012

No. 109: 「渚にて」を覚えているか (December 12, 2012)

Management:
いつものことながら、選挙運動が激しくなると、選挙に勝つことに焦点を合わせた演説が多くなる。「原発を稼動させて、経済を発展させるのは恥ずかしい」と叫んだ候補者がいた。なぜ、恥ずかしいのか、まったく理解できない。「コンクリート(セメント)から人へ」も同じ。当時の麻生首相をあてこすった表現であることは明白。政治は、生徒会ではない。耳に心地よい表現を使って、聴衆のうけを狙うべきではない。原発の問題は、非常に重要な問題ではあるが、それ以上に重要なのは、日本の競争力をどのように強化するかである。国の競争力を強化することなく、国民に豊かな生活を約束することはできない。お金は決して天から降ってこない。

むかし、グレゴリー・ペックとエヴァ・ガードナーが主演した「渚にて(On the Beach)」という映画があった。オーストラリアの準国歌というべき「ワルティング・マチルダ」という歌とともに大ヒットした映画である。米ソが核戦争をしたため、オーストラリア以外の世界が死滅して、オーストラリアもやがて死滅してしまうという、核の恐ろしさを描いた名作である。しかし、人類の英知と技術革新がその恐怖を克服し、原子力の平和利用がすすんだ。そして、そのおかげで快適な生活を享受できるようになった。この事実を忘れるべきではない。

原発事故をなくすには、原発を破棄すればよいという単純な思考は、格差があるなら、格差をなくそうと同じくらいに脳天気な思考。「格差のない社会」これほど、耳に心地よい言葉はない。国民全員が優雅な生活を享受できるような気持ちにさせる。残念ながら、そうはならなかった。それどころか、経済がガタガタになってしまった。格差のない社会とは、どんな社会か。それは、国民がすべて競争しない、つまり、努力しない国家である。そのような国家が存続できるはずがない。原発の問題を考える場合、原発をなくすという視点よりも、原発の安全性をさらに高めるには、どうすればよいかという視点のほうが重要。

On The Beach

Waltzing matilda
 

Tuesday, November 27, 2012

No. 108: 企業経営は逆算 (November 28, 2012)

Management:
企業経営は逆算である。来期あるいは5年後の企業のあり方を考え、構想を実現するための利益目標を設定する。そして、その利益目標を達成するための道筋を考えて、各部門に目標となる数値を割り振る。利益目標を出さずに、みんなで一生懸命にやりました。そして、その結果がこうですというのは、事業ではなく家業。政治は事業であり家業ではない。

最高責任者が、曖昧な表現や意味不明瞭な表現をする企業に、魅力を感じる投資家はいない。脳天気な公約や理解不能な公約は、政治家を中心に有権者を見る天動説の見本。「今解散したら、自民党の思うつぼだ」と思わず叫んだ議員がいたが、このような議員にかぎって、公のインタビューでは、「国民のことをもっと真剣に考えて、もっともっと議論する必要がある」と言う。

企業経営は逆算。どのような目標をかかげても100%達成ということはあり得ない。常に、100%達成できる楽な目標を立てる企業は、そのうち、市場から姿を消す。また、目標を100%達成するため、途中で目標値を変更するべきでない。目標を100%達成するために努力することは最も重要であるが、100%達成できなかったのは、なにが問題だったのかを考え、改善策を立案し、次の事業計画に反映させることが、同じくらいに重要なのである。

Sunday, November 25, 2012

No. 107: 農林1号を覚えているか (November 26, 2012)

Management:
総選挙が近づくと、農政が常に大きな争点になる。農業が国の存続にかかわる重要な産業であることも、農業従事者の票が選挙に非常に重要であることも、高名な政治家が声を大にして叫ばなくとも、小学生でも理解できることである。TPP(環太平洋戦略的経済連携協定)に参加すると、日本の農業が壊滅的なダメージを受けてしてしまうと危惧する政治家は多い。元総理大臣がこのような考え方を、政治集会で述べている。最高責任者が、現状を守ることにのみ焦点を合わせているようでは、国の競争力を強化することはできない。

現在では、新潟県を始めとする寒い地方でも、素晴らしい米が産出されているが、米はもともと亜熱帯地方の作物である。つまり、東南アジアの国々のように高温多湿の気候が生育には不可欠な条件であった。寒い地方でも米の生産を可能にしたのが、1931年(昭和6年)に農林省の技術者が開発した農林1号という歴史に残る品種である。コシヒカリやササニシキ等の品種は、すべてこの農林1号の子孫である。日本人が、十分に食べられるようになったのは、1960(昭和35)くらいと考えるのが一般的であり、そんなに昔のことではない。今日の美食と飽食の背景には、地道な品種改良の歴史があったことを忘れてはいけない。現在でも、世界を見れば飢えや飢饉はめずらしい話ではない。

日本が蓄積した素晴らしい農業技術力を海外に輸出する、あるいは、その技術で海外原産の農産物を日本向けに改良する努力をすることが必要な時代になっている。さらに、農産物も厳しいコスト競争に勝ち抜く智恵と努力が求められている。業績不振にあえぐ外食産業が、コスト削減のため輸入食材の使用を増やす。当然の成り行きである。いつまでも、変化することを嫌い問題解決を先送りすると、世界の動きに対応できなくなる。

Tuesday, October 23, 2012

No. 106: ビジネスでは地動説が不可欠 (October 24, 2012)

Management:
急成長しているネット企業の社長の発言が大きな話題になっている。お客様を無視した発言であると、厳しい意見が相次いで投稿されている。発言を読んでみると、急成長した企業の経営者が、一度は経験する内容である。つまり、一躍有名になってしまうと、世の中は自分中心に回っていると思ってしまう。人間が自己中心的な動物である以上、このような発言をする危険性は、誰にでもある。

ビジネスでは、天動説ではなく地動説。世の中は、決して、自分中心に回っていない。どのような大企業であっても、必要なのは地動説。自社の素晴らしいテクノロジーにだけ焦点を合わせ、コスト削減の努力をすることなく、最先端技術を追い求めた企業も同じと考えてもよい。日本航空の歴史に残る素晴らしい復活劇を可能にしたのも、自社の視線でお客さまをみるのではなく、お客さまの視線で自社を見ることの重要性に、社員全員が気付いたからである。

ネット時代になって、情報は瞬時に世界を駆け巡る。素晴らしいアイデアと思っても、すぐに摸倣されるし、同様なアイデアでビジネスを展開している企業は世界中に存在する。競争力を維持するためには、不断の努力が必要である。

”The purpose of business is to create and keep a customer” は、ドラッカーが残してくれた素晴らしい言葉である。アイデアで顧客は創造できるが、アイデアだけで顧客を維持することは不可能である。つまり、顧客を維持するためには、不断の技術革新が必要不可欠である。そして、技術革新のヒントをくれるのが、お客さまなのである。

Thursday, October 4, 2012

No. 105: サムライ魂と孫子の兵法 (October 4, 2012)

Management:
チェコの首都プラハ中心部にある日本大使館前で、現地の中国系住民ら約100人が、尖閣諸島の国有化に抗議するデモをしたことが報道されている。また、真偽のほどはともかく、東京証券取引所では、不思議な動きをする中国企業の暗躍が報じられている。まさか、中国政府がバックアップしていることはないであろうが、それにしても、驚かされる。

「孫子の兵法」に、最高の戦略は「戦わずして勝つ」という記述がある。つまり、謀略のかぎりをつくして相手国を負かすというもの。デモをした人たちや、暗躍する企業の人たちは、この戦略を忠実に守って行動しているわけではないだろうが、やはり、4000年の歴史に裏づけされた国民のすごさを感じさせられる。

わが国の総理大臣が「大人の対応」を中国政府にお願いしたが、どうもその効果はなさそうである。そもそも、「大人の対応」とは何を意味するのか、言語明瞭なれど意味不明瞭。日本人のもつ美徳である以心伝心と言えば、それまでであるが、残念ながら、世界では通用しない。サムライ魂を愛してやまない日本人の琴線にふれる言葉であっても、それが通用するのは日本国内だけ。

一番心配されるのは、日本の政治の動きが遅いため、世界の日本を見る目が変化することである。つまり、行動をおこさないと、世界が、行動を起こしている中国の動きから、状況を判断してしまうことである。

トーマス・ワトソンの教訓ではないが、問題はすぐに解決すべきである。ビジネスでは、グローバル化が急速に進展しているが、どうも政治の世界では、未だに内向きの姿勢が主流のようである。

Tuesday, October 2, 2012

No. 104: 事業の多角化よりも市場の多角化 (October 3, 2012)

Management:
事業環境の変化で、本業の先行きが不透明になる。どのような企業でも、そのような局面に遭遇する。売上減を防ぐのに一番手っ取り早い方法として、他社を吸収し、新事業に乗り出して、事業の多角化を推進する企業は多い。しかし、ほとんどの場合、上手くいかない。

日本たばこ産業も例外ではない。かつて、森永製菓の子会社であるハンバーガーチェーン「森永ラブ」に出資したが上手くは行かず、2001年に撤退。店舗はロッテリアに売却された。高い授業料を払ったものである。しかし、貴重な教訓を生かすこともできず、今度は、旭化成の食品事業や冷凍食品の加ト吉を買収して、再度食品事業に進出している。それだけならまだしも、鳥居薬品を買収して医薬品事業に参入している。まったく、戦略に一貫性がない。まさに、お金の心配をする必要のなかった、日本専売公社の考え方そのもの。

毎日の売上に一喜一憂して戦略を考える必要のある外食産業、毎日消費者の動向をみて、柔軟に戦略を変える必要のある食品産業、10年あるいは20年先を考えて、戦略を練る必要のある医薬品産業、そして、本業のたばこ事業。このような事業をすべて上手く運営できる会社は、まず、存在しない。どんな優秀な社員でも、毎日の売上と、10年あるいは20年先のビジネスの先行きとを、毎日の日常業務で考えて行動することは不可能。当然の帰結として、事業部門間のコミユニケーションは疎遠になり、企業全体がぎくしゃくする。

事業の多角化は難しい。無理をして推進しても、利益率の低い事業構造を構築するだけになる。多角化するのは、事業ではなく市場。たばこの開発・製造で蓄積した技術を活かせる市場を考える。あるいは、市場を観察して、たばこ製造機の仕様を変更して生産可能な商品アイデアを考える。答えは、簡単に見つからない。しかし、社員が一丸となって、アイデアを出し合うことが重要である。それしかない。答えは市場にある。社内にはない。

どんなに楽観的に考えても、国内のたばこ市場は縮小する。そのためにも、不断の努力と全社員の英知を集めることが不可欠である。たばこ製造で蓄積した技術で、ITあるいはクラウドコンピューティングを駆使した製造業へのオペーレーションコンサルティング、たばこの香料開発で蓄積した技術で香料の開発あるいはコンサルティング、あるいは、蓄積したブレンド技術やコンサルティングも可能である。もう、たばこという看板にこだわる必要はない。いま、キヤノンをカメラメーカーと考える消費者はいない。必要なことは、発想の転換。